1、概説
新型コロナウイルス性肺炎は、中医学において外感病証の「疫病」の範疇に属する。疫病は強烈な伝染性と流行性を持つ疾病の一種であり、通常の外感六淫(風寒湿燥火)とは異なり、「疫癘(えきれい)」(瘟(おん)疫(えき)、疫毒(えきどく)、癘(れい)気(き)、疫(えき)気(き)、毒気、異気、雑気、乖戻之(かいれいの)気(き)などとも言う)という病邪(致病素因)により起こされる。疫癘の形成は自然界の異常気候、環境の汚染、飲食の不潔、社会制度などと密接に関係している。新型コロナウイルス性肺炎の発生は、急速な蔓延・広範囲の流行・重篤な病状などの特徴から一般的な外感六淫ではなくて「疫癘」によるものである。病状の性質から見ると、主に寒湿の邪気と密接な関係を持って「寒湿疫」と定義している。
中医学における邪気は一つの抽象的な概念で、人体に疾病を致す全ての素因を指し、いわゆる致病素因のことである。致病素因は大まかに外感病因(風寒湿燥火の六淫、疫癘)、内傷病因(喜怒憂悲恐驚の五臓七情)、そして不内外病因(飲食、労逸、外傷、寄生虫、水湿痰飲、瘀血など)の三大類に分けられるが、新型コロナウイルス性肺炎には外感病因の疫癘が致病素因となっている。邪気は主に発病する時に病状の特徴に従って病邪の性質をまとめてきたのであり、現代医学における細菌やウイルスなど具体的なものと全く一致しない。例えば、一種のウイルスが人体に感染して様々な病状を現して来る時に、そのうち寒の特徴が現れる場合は寒邪による外感病証と判断するが、同時に湿の特徴も現れる場合は寒邪と湿邪が合わさって侵襲することによる外感病証と診断する。
また、中医学は単なる病邪から病証を認識するのではなく、生体と病邪を統一して一つの複合体として疾病の解析を行う。病因病機学説によると、正気は発病の決定素因で、邪気が発病の重要条件であるとされている。これは新型コロナウイルス性肺炎の感染発症時期にも感染後遺症時期にも同様である。感染初期では、発熱悪寒、咳嗽咽痛、頭身重痛、倦怠無力などの症状が見られるが、患者の体質などに従って臨床特徴が異なってくる。体質強壮のものは悪寒発熱や頭身緊痛など風寒束表の現れを主としているが、一方、体質虚弱のものは風寒表証のほか、疲労無力など気虚の現れも伴う。また感染後期では、身体困憊など湿邪が強い現れも認められている。
新型コロナウイルス性肺炎が治癒してから、多くの患者には様々な後遺症状が残っている。病状、体質、そして症状によって1~3ヶ月が続くものが多く見られるが、6ヶ月更に1年ほど続くこともある。疫病流行早期の病邪(デルタ種までのウイルス)は比較的強くて直接肺臓を侵襲するため、後遺症状も重篤であり、主に肺線維化(呼吸困難や胸痛など)、心筋損傷(不整脈や心胸重痛など)、嗅覚味覚喪失、疲労無力、睡眠障害、記憶障害ないし脳萎縮、性機能障害などが見られ、これは古代における瘟疫の記載に類似している。現在のオミクロン種ウイルスは感染力が強くなったものの、しばしば上気道を侵襲して症状が激しくなくなり、後遺症状も変化してきて疲労困憊、呼吸急迫、心拍過多、慢性疼痛、筋肉無力、感覚機能異常、不眠、認知障害などを主としている。
2、病機
感染症の初期では、主に正邪闘争の病理反応であり、高熱や煩渇など実熱の徴候が現れる。これによって邪気が追い払われるが、同時に正気も大いに消耗されて弱まっている。感染症の後期では、生体の正気虚損が主な病理となり、陰陽気血虚損の徴候が多く現れ、五臓虚弱の証を呈している。ほかに、病邪が完全に駆除されず体内に残存して痰熱内阻の徴候や、内生の毒が解消されず臓腑機能と気血運行を擾乱して瘀血・痰濁など病理産物による気機阻滞の徴候も伴い、虚実夾雑の証も見られる。
病位:疫癘は口鼻の径路から侵入して先ず肺系(気道)を通して肺臓を侵襲し、主に肺臓及び肺系を損傷する。その後は次第に心・脾胃など他臓腑に影響を及ぼす。
病機:臨床で主な病理機序は陽気損傷、痰湿停滞、そして陰液損耗などがある。
① 陽気損傷:寒は陰邪に属して陽気(主に心陽・脾陽・腎陽)を損傷する;また凝滞・収引の特徴を持ち、臓腑機能と気血運行に障害を来たす。
② 痰湿停滞:湿は土気にあたって脾に通じるため、湿邪が盛んになると、脾胃を損傷する;また重濁・粘着停滞の特徴を持ち、中焦の昇降失調を起こして体内の気機を阻害する。
③ 陰液損耗:疫癘が急激に人体に侵入すると、正気は奮い立って対抗し、これによって生体に高熱を起こし、陰液を損耗する。
上記のほか、外来の毒によって臓腑機能と気血運行の障害を起こし、瘀血・痰濁など内生の毒が生じ、生体の気機不利を起こし、昇降失調の病理を致す。
病状:臨床で多く見られる感染後遺症状は、疲労倦怠無力、胸悶気短、咳嗽気喘、咽痒腫痛、嗅覚味覚障害、動悸不眠、抑鬱焦慮などがある。
肺は気を主り、呼吸を司る。余邪が残存することで肺は宣発粛降機能を失い、肺気が上逆して咳嗽や気喘を起こす。外邪の侵襲により肺が損傷されて肺気は虚弱になると、胸悶や気短が現れる。また肺は鼻に開竅し、喉は肺の戸となるため、肺気が損耗されて不足すると、咽喉腫痛、嗅覚障害が見られる。
脾胃は後天の本であり、運化を主り、気血生化の源となり、また脾は肌肉を主る。外邪の侵襲により脾気が虚弱になると、全身まで気血を輸送できないか、湿邪が体内に停滞することで、身体疲労や倦怠無力が見られる。また湿邪が中焦に停滞して脾胃機能を障害し、悪心納呆や腹脹泄瀉、更に味覚障害が現れる。
心は神志を主る。余熱が完全に追い払わず心神を擾乱すると、動悸不安や虚煩不眠が見られる。心気が虚弱になると、精神疲労、更に抑鬱焦慮などを来たす。また心は舌に開竅するため、心気損傷なら味覚障害が現れる。
3、辨証
臨床では、感染後遺症に痰熱壅肺、陽気不足、気陰両虚、陰虚火旺、昇降不和などの証候が多く見られる。各証候の特徴を把握して辨別する。
① 痰熱壅肺:咳、呼吸急迫、喉中痰鳴、粘稠で黄色い痰を吐く、胸脇脹満、煩躁不安、または胸痛、食欲不振、大便秘結、舌は紅、苔は黄膩、脈は滑数。
② 陽気不足:精神萎靡、面色蒼白または萎黄無華、頭目眩暈、動くと汗かいて気喘、心悸、気短、話したがらない、手足不温、畏寒悪風、また頭痛、頸項痛、全身疼痛または肩背骨節痛が見られる、舌は胖淡、苔は白、脈は沈細無力。
③ 気陰両虚:倦怠無力、咳嗽で長く止まらない、咳音が低くて弱い、胸悶気短、身熱多汗、悪風、心悸、口乾、嘔悪納呆、精神疲労または虚煩不眠、舌は淡紅、苔は少、脈は沈細または虚数;また嗅覚・味覚の減退が見られる。
④ 陰虚火旺:面色潮紅、咽喉腫痛または咽喉乾痛で切られるよう、空咳、口鼻乾燥、口渇で冷飲を好む、五心煩熱、頭暈心悸、不眠多夢、盗汗、舌は紅、苔は少、脈は細数。
⑤ 昇降不和:胸脇苦満、心胸不快、呼吸障害、発熱が持続して冷めない、心拍過多など全身症状が明らかであるが、また呑酸、噯気、悪心、嘈雑、泄瀉、矢気、不眠、抑鬱、焦慮などが見られる、飲酒や過労により症状が増悪する、舌は白、苔は厚膩、脈は弦滑数。
4、対策
新型コロナウイルス感染後遺症に対する全体的な対策は辨証治療と飲食調節の二大方面から考える。
辨証治療は、健脾益気、潤肺滋陰、補腎温陽、養心安神を原則とし、相応する中薬処方や経穴処方を考える。
飲食調節は、補気、健脾、潤肺、安神の順位で薬効食物と食用薬物を組み合わせて考える。
ほかに、様々な養生方法も効果的に応用できる。例えば、就寝前に生姜や艾葉による足浴を行う、或いは太極拳、八段錦、五禽戯、坐禅などを行うことで睡眠補助が期待できる。腹式呼吸で気錬を行うことで老年の咳嗽・喀痰困黯の助力になる。